読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

touch

建築中心

僕はデザイナーになりたい

久しぶりの更新になってしまった。前回めちゃくちゃ気合いが入って書いたのに消えてしまい少しブログきらいになったけど再開しよう。

 

研究室でWSC_2015、mcd_2015というインスタレーションのプロジェクトが終了した。

WSC_2015に関して簡単に説明するとオフィスのフロアを使って様々な子供向けの体験型ワークショップの一つのコンテンツとして子供達が遊べてかつ、リラックスできるような公園をつくってほしいという枠組みのもとスタートしたプロジェクトで8月29,30日に無事完成し僕自身もとても楽しんだしとても良かった

f:id:curryman55:20151022235835j:plain

 

そしてmcd_2015に関しては門脇研で例年行っているプロジェクトでこれも、子供向けの体験プログラムの中でのインスタレーションで、とても綺麗だったが少し気になるところもあったので研究室内で共有することにした。そこで議論した内容は本当に大事なことだったし僕も言葉足らずでうまくいえなかったが、ちゃんと伝わったみたいだ。

f:id:curryman55:20151023000512j:plain

 

僕はインスタレーションを半ばアートの領域のみで語るのが好きではない、もちろん美術館の一室の中「非日常的」な空間を如何に実現するかという問に対しては真摯に答えるべきだと思う。インスタレーションだからといって特別なことは無い。それも一つの「デザイン」だからだ、

 

そもそも「デザイン」とは"ある問題を解決するために思考・概念の組み立てを行い、それを様々な媒体に応じて表現することと解される。"(wikipediaより引用)

とされる、つまりはデザイナーはある与件に対して問題を組み立てなんらかの手法でそれらを解かなければならない。

 

WSCでいえば「公園」という与件つまりあらかじめ行為が想定されていないような環境をユニバーサルスペースに創るということ。

ともすれば恣意性が介在し、デザインが人の行為を限定的にしてしまうのだが、WSCでは以下の三点がデザインを成立させた要因として大きかったのではないかと思う。

 

1、木はなるべく散在させる

WSCでは実際の木をフロアに搬入し設置したのだが、木の領域保持の理論をそのまま援用し、ニュートラルな平面をつくった。

 

2、木の間隔に疎と密というムラをつくった。

→実際シングルグリッドの交点に置かれれば、その形式性の強さよりそれは丸柱と同様の意味が発せられるきらいもある。つまりは体験としての公園を微細な位置調整を伴い実現したと言って良い。

 

3、ディテール←実はここが一番重要であった??

 

→今回のプロジェクトでは木を設置するとき、そのモノが「対象」として空間に現れないことが重要であったとおもう。つまり対象は実体として認識してしまうが故に空間の知覚を助けそれが結果的には行為の多様化を妨げかねない。

よってそのモノ自体は環境でありつづけるのが最も自然な公園と言える、とすれば「木」の先端はできるだけ天井の「面」と合わせるのが合理的であるし、そのための構法としてL字アングルは最もミニマルな金物として機能するという面で素晴らしいなと思った。

 

そして今回のmcdは「デザイン」という点で、あくまで僕個人の意見としてうまくいってない点があったとおもう。

 

それは「表現が目的化」されてしまったこと、その一点である。

僕は最初にmcdを見たとき、メンバーの狙いがどこにあるのか少し把握できなかった。いやむしろ把握はできたのだが、それがデザインという方法論として評価することができなかった。

 

ざっくりだが説明すると既存の天井のパネルの割り付け、そして空間の奥行きのある性格を活かしながらレイヤー状に布を配置し、中央は家型にくりぬき必要な箇所は布に最低限の開口をあけるという方法で、おそらく動きによる布の揺れや、既存の天井についた光が透過性のある布を通過したときに現れる着色された光を体現し中央の象徴的なパースをいかにみせるか、そして結果的にそのパースは人々を奥へと誘い込むシーンとして象徴的に現れる。といったところだとおもう。

 

僕はその「見え」に関しては成功していると思ったが、「与件」に関してはあまりうまく対応できていないと感じた。

当日そのパースを写真でおさめている人がたくさんいたが、特徴として全ての人がその空間を定点でおさめていたというところだろう、つまり空間が従来の人のアクティビティを包括しきれず、それ自体が自律してしまったところがあるのではないかと感じた。

まさに僕が気になったのはその点でキッズワークショップというプログラムの中奥行きのある空間に子供たちのワークショップを配列しなければいけないときには僕は個人的には方向性が強い空間よりもむしろ自由な方向に発散し、いたるところにアクティビティがうまれてくる方が好ましいのでは?「対象」というより「環境」になるべきなのでは?と感じたのです。。。。

 

とメンバーの実践的な姿勢に刺激を受けつつ僕はシコシコと設計をします。